OELキャンペーン 45 (山中教授のプロパガンダ)

2004・11・8(月) レーザー核融合パイオニア物語 5

(英文パイオニア物語の和訳連載中)

関連する国際会議で最も興奮させる会議の一つ、第8回量子エレクトロニクス会議(IQEC)が5月にモントリオールで開催された。エドワード・テラーが1000人にも及ぶ聴衆の前で「新式内燃機図」と題する招待講演を行った。内容はローレンス・リバモア国際研究所(LLNL)のジョン・ナッコルスが提案した核融合燃料の爆縮であった。

彼は持ち前の大声で「諸君、核融合燃料を正規密度の1000倍に圧縮すべきである。私は1000 倍という。なぜなら寸法でいうと10分の1への圧縮となりきわめて分かりやすいからである。これに必要なレーザーエネルギーは核融合条件である面密度ρR一定の条件の下で圧縮密度の自乗に反比例して減少する。核融合の達成に必要なローソン条件nτ=1014に相当する燃料面密度を平方cmとすれば、核融合温度10keVにまで爆縮燃料を加熱するには、たった1kJである。レーザーのプラズマ吸収率を10%とすれば、核融合には出力10kJのレーザーで十分である。」

全参加者は深く感銘し、講演者に歓声をもって応えた。人々はレーザー核融合の可能性に強い確信を持つことになり、レーザー核融合の研究開発に向けて熾烈な国際競争が始められたのである。

4月にはわがレーザー学会が発足した。長らくわが国においても特にレーザーに指向した学術組織を待ち望んでいた私の希望が実現した。過去30年にわたってレーザー学会は日本のレーザー科学技術の振興に活躍しつづけている。これらが私の記憶に残る1972年の四大出来事である。この年こそわがレーザー核融合研究への記念すべきスタートポイントであった。

4. レーザー核融合への昇り道  

70年代初頭、私達は大阪大学レーザー工学研究施設で激光XII号ガラスレーザーを用いたレーザープラズマ実験を開始し、又原子力平和利用委託費の支給を受け白金フリー燐酸ガラスの開発を始めた。激光IV号ガラスレーザーも文部省の科学研究補助金により建設が開始された。この4ビーム、ロッド型燐酸ガラスレーザーは出力2kJ、パルス幅1ns、2TWで米国LLNLのArgusレーザーに対抗したものであった。

同時に私達は1台で高出力を発生できるレーザーにも着手し、電子ビーム制御CO2レーザー烈光I号、出力100J、パルス幅3nsを完成させた。これは米国ロスアラモス研究所(LASL)の計画に対応するものであった。

核融合燃料の設計に関しては「キャノンボール」ターゲットが特別の注目を集めた。これは1975年山中グループの大山夏の学校において考案されたものである。私が直接命名したキャノンボールは二重殻をもつ間接照射光ターゲットで、レーザー光はこの殻の間に照射され、そこでX線に変換され、均一照射を可能とする。このアイデアは日本のレーザー核融合研究を世界中で有名にした。

LLNLでは同様の考の「Hohraumターゲット」を秘密の内に研究していた。これは20年後になってやっと公開になったのである。2年毎に核融合のオリンピックといわれるIAEA主催の核融合会議があり、また欧州レーザー相互作用会議(ECLIM)、IQEC、Laser Interaction and related Plasma Phenomenaワークショップ(LIRPP)、Gordon会議などが全世界的に開かれる。

私はしばしばこれらの会議においてキャノンボールターゲットによる新実験結果を報告し、ロビン・ハーマンの本による並ぶものなき名声を獲得したのである。気の毒なことにこのテーマが秘密扱いになっていた米国の研究者は何ら発表することが許されなかったのである。その結果私達はこの時代爆縮核融合で挑戦なき地位を保つことになった。

また私達は「大阪効果」と名付けた二重層ターゲットにおけるレーザー光の異常透過現象を観測した。これは後日ターゲット中の金属層でレーザー光がX線に変換されるため生じる現象であることが判明した。                         (つづく)

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山中 千代衛